新橋演舞場へ海老蔵の『義経千本桜』を見にゆく。


休日だけどいつものとおりに6時起床。NHK-FM の「バロックの森」のモンテヴェルディに耳を傾けながら、いい気分で弁当と朝食をこしらえたところで、ふと本日の新橋演舞場は海老蔵の『義経千本桜』であったことに気づいた。週明けからずっと、今週末の芝居見物は、吉右衛門の『沼津』と仁左衛門の『荒川の佐吉』だと思いこんでいたのであったが、それは来月で、今はまだ8月だったのだ。ああ、思いこみおそるべし……。頭のなかを海老蔵の『義経千本桜』に染め直すのは、なかなか難儀であることだと、うなだれながら身支度をして、日傘片手に覇気なく外出。


しかーし、有楽町線を新富町で下車して、階段をあがった先の出口に青空が見えてきたところで、急に気分がパッとなって、思わず駆け足で外に出る。旧松竹キネマ合名会社の菊栄ビルの眺めがいつも大好きだ。あのあたりに震災前は新富座があったのだなアと、いつも思うことを今日も思いつつ、京橋図書館へ本を返してスッキリしたあとは、いつものように10時半までタリーズでコーヒーを飲んで、休憩。突発的に持参した徳田秋声『土に癒ゆる』(桜井書店、昭和16年4月)をズンズン読む。特に期待していなかった秋声の通俗小説(昭和3年の「婦人公論」連載)であるが、ちょっとしたモダンガール版『あらくれ』という感じもしなくはない、悪くない悪くないと、さらに機嫌よくなる。もちろん『あらくれ』とは比べ物にならないくらいスカスカだけど、モダン東京とその周縁(今回は千葉)が通底しているのが嬉しい。秋声の土地の描写がいつも好きだ。


と、さらに機嫌がよくなったところで、時間になった。新橋演舞場に向かって、ズンズン歩く。東劇の角をまがって、采女橋に到る。芝居見物の劇場への道筋で、昔の東京に思いを馳せるのはいつもたのしい。

 

《三好橋》、『大東京写真案内』(博文館、昭和8年7月)より。《京橋区役所前、築地川が三股に分かれた処に架けられた世界無類のY字形の橋、三方共長さ廿七間、幅八間、工費百卅萬圓で昭和四年の暮開通したものである。》。有楽町線を新富町で下車して中央区役所の1階の京橋図書館にゆくとき、いつもこの写真を思い出す。

 

同じく『大東京写真案内』より、《東京劇場》。ネオンに輝く築地川沿いの東京劇場。うっすらと『国定忠治』の文字が見える。同書には《築地三丁目萬年橋際にある。近く歌舞伎、新橋演舞場の両劇場と鼎立して、その前通りは歌舞伎通りとさへ呼ばれる芝居街、中で東劇は一番新しく昭和五年の竣工、四階建の最新様式、定員千八百九十八人とある。寫眞向ふの灯が新橋演舞場》というコメントが添えられている。

 


そして、新橋演舞場。同書の解説は、《歌舞伎座前下車、木挽町十丁目にある。もともと新橋藝妓連の技藝奬勵の為建られたもので、四百八十名の株主の内四百六十名が女名前と云ふ變つた劇場、春の東をどりと秋の温習會以外種々演劇興行も行はれ、収容人員が千五百、鐵筋コンクリートの三階建。澤正最後の舞臺を踏んだのが此處で、新國劇贔屓には想出深い劇場である》。沢田正二郎と聞くといつも宇野浩二の随筆を思い出してしまい、毎回読み返したくなる。



開演直前に劇場の椅子に到着。特に心の準備もなく、海老蔵の『義経千本桜』の「鳥居前」の幕が開いたのだったが、いざ始まってみたら、今まさにまん前で歌舞伎の上演が始まったというだけで、嬉しくってしょうがない、「ぼかー、幸せだなア」などと思いながらぼんやりと舞台を眺めて、それだけで大喜びなのだった。歌舞伎を見ているだけで嬉しい。もうすっかり馬鹿だ。


……などと、ぼんやりと舞台を眺めているうちに、大道具の伏見神社の鳥居で急に、もう何カ月も関西に行っていないということにふと気づいて、気づいたとたんにソワソワ、こうしてはいられないという気になってきた。京阪か近鉄で伏見界隈を通過したいものだなア、ま、とにかくも近いうちに関西に遊覧に出かけたいので、そろそろ鋭意行程を練らねばいけないなア……というようなことで、いつのまにか頭のなかがいっぱいになっている。


……などと、いつものことではあるけれども、いつのまにか歌舞伎とは全然違うことを思いながらぼんやりと舞台を眺めていたのだったが、花道に忠信の海老蔵が登場したとたんに、急に大興奮! 海老蔵が現れたとたんに大興奮! すっかり忘れていたけれども、鳥居前の忠信は荒事なのだった。成田屋の荒事を目の当たりにしている! というだけで、「おー!」と急にボルテージがあがり、とにかくも大興奮! 


……などと、自分でも意外なくらいに、全身で興奮して、舞台を凝視。何を興奮しているのか自分でもよくわからないが、大興奮のひとときだった。海老蔵の身体の「荒事」の一つ一つがとにかく嬉しくって仕方がない。頭の車鬢が嬉しい。顔面の火焔隈が嬉しい。ひとつひとつの所作が嬉しい。石投げの見得、出た―! と嬉しい。狐六方、出た―! と嬉しい。この海老蔵の空間掌握力というかなんというか、理屈抜きのオーラとでもいうのだろうか。常日頃、たとえば雑誌の記事等で歌舞伎の扮装をしていない海老蔵の写真を見ると、目をそむけずにはいられない何かがあって、いつも避けて通っていたものであったが、とにもかくにも歌舞伎の舞台上の海老蔵は避けてはいけないなアと、しみじみ思うのだった。


鳥居前から道行が連続して上演されているのがなんだか面白くて、ここの海老蔵の扮装、袖脱ぎになると赤い襦袢を着ているところとか、目に楽しかった。最後の川連館でも、ひとつひとつのスピーディーな動きが快感で、狐言葉がちょっと変ではないかなとか思わなくもないのだけれど、そんなことはどうでもよくなってくるような、スターのオーラがすばらしい。最後は宙乗り。アホみたいにぼんやり見上げて、海老蔵の空間掌握力おそるべし、といつまでも感心しきりだった。しかし、見上げているうちにちょっと飽きてきたので、ふと舞台を見ると、義経の勘太郎と静御前の七之助が微動だにせずに、海老蔵の狐忠信が去ってゆくのを見つめている。その微動だにしない二人を見て、ジーンと感激。海老蔵ばかりに大騒ぎしていたけれども、この二人の好演もよかったなア、ついでに、猿弥の早見藤太もよかったなアと追憶にひたっているうちに、いつのまにか幕。



やる気なく、見物に来たわりには、大興奮だったわいと、機嫌よく外に出て、炎天下の路上をテクテク歩いてゆく。歌舞伎座の前を通り、別館の建物がまだある、今日が見納めかなとしばし立ち止まる。