「シアターΧ名作劇場」で久生十蘭と灰野庄平の戯曲を見る。


6時過ぎ、秋葉原で総武線に乗り換えて、両国へ。総武線で隅田川を渡る瞬間がいつも大好き。電車が浅草橋を過ぎたところで、さらに窓の近くへ歩を進める。このところ、すっかり日が短くなったなアとしんみりしながらテクテク歩いて、シアターΧにて、「第31回シアターΧ名作劇場」を見物。9時過ぎ、両国橋をわたって、しばし界隈を散歩した。



《第31回 シアターΧ[カイ]名作劇場》、2010年8月31日~9月5日。今回の上演は、久生十蘭『喪服』と灰野庄平『芭蕉と遊女』。



このたびの上演にあたって、『喪服』目当てに三一書房の十蘭全集第2巻を何年ぶりかで手にとり、『喪服』のほかにもいろいろと読みふけって、ひさびさに十蘭熱に浮かされて、たいそうたのしい8月の日々となった(勢いにのって国書刊行会の全集が欲しくなったけど諦めた)。その三一書房の全集では詳らかではなかったのだけれど、開演前に手にした上掲のプログラムに掲載の、中村義裕氏による「久生十蘭と『芝居』」によると、『喪服』の初出は「文學界」昭和32年7月号で、これは同年1月4日に NHK ラジオドラマ『雀蜂』として上演されたものを改稿したものだという。ラジオドラマが盛んだった頃と文学者との関わりについて、考えてみたいと思いつつもそれっきりになっている。ラジオドラマでの配役が気になって仕方がないのだったが、『喪服』の方はこのたびの「シアターΧ名作劇場」が初の上演とのこと。横浜の高台のハイカラなお屋敷が舞台。戯曲の文字を追っているだけで、いかにも洒落っ気たっぷりで、古きよき推理小説(文士の余技としての)を読んでいるような気分が好きだった。




灰野庄平『秦の始皇』現代脚本叢書7(新潮社、大正11年1月12日)。「秦の始皇」「芭蕉と遊女」「義隆の最後」「ザヴィエーの晴着」「少年の道徳」「墓の前」の計6篇の戯曲を収録。今回の『芭蕉と遊女』観劇にあたって、張り切って取り寄せたもの。「秦の始皇」のところに、「一九二一年 於明治座 澤田新国劇上演」と書き込みがあった。灰野庄平は前々から興味津々の「ミツワ文庫」関係人物としてかねてより注目していたものだったが、著書を手にしたのは今回が初めて。

 

なんとはなしに気になっていた、演劇の時代・大正を象徴するかのような「現代脚本叢書」を読むのも、実は今回が初めてだった。「現代脚本叢書」は大正10年から15年にかけて、計17冊刊行されている。神奈川近代文学館その他で検索して、取り急ぎ、タイトルを列挙してみたら、以下のとおりになった。三宅周太郎の『演劇五十年史』を読み返したくなるラインナップ!


●新潮社の「現代脚本叢書」全17冊

  1. 武者小路實篤『未能力者の仲間』1921年6月8日。装画:岡本帰一。
  2. 長田秀雄著『飢渇』1921年6月5日。装画:田中良。
  3. 谷崎潤一郎『法成寺物語』1921年7月17日。装画:田中良。
  4. 吉井勇『髑髏舞』1921年8月8日。
  5. 山本有三『坂崎出羽守』1921年10月1日。
  6. 久保田万太郎『雨空』1921年11月16日。
  7. 灰野庄平『秦の始皇』1922年1月12日。
  8. 近藤經一『七年の後』1922年5月14日。装画:河野通勢。
  9. 小山内薫『第一の世界』1922年10月1日。装画:薄拙太郎。
  10. 菊池寛『茅の屋根』1922年10月18日。装画:田中良。
  11. 鈴木泉三郎『次郎吉懺悔』1923年2月13日。
  12. 長田秀雄『牡丹燈篭』1923年7月。
  13. 藤井眞澄『最初の奇蹟』1923年7月15日。
  14. 金子洋文『投げ棄てられた指輪』1923年11月5日。
  15. 山本有三『生命の冠』1924年2月10日。
  16. 正宗白鳥『一日の平和』。1925年12月3日。装画:岡本帰一。
  17. 長與善郎『陶淵明』1926年7月5日。装画:河野通勢。



戯曲を読む、舞台装置や衣装など細部に注目しながら上演を見る、芝居そのものを見る、の三位一体の見物を、「シアターΧ名作劇場」ではいつも満喫している。会場で配布されるプログラムはとても行き届いていて、今後の古本蒐集のよき資料なのだった。上演記録を見とおすと、見逃してしまったものがたくさんでいつも地団太を踏む思いをしている。次回の「シアターΧ劇場」の公演は2011年3月8日~13日で、有島武郎『ドモ又の死』と岡鬼太郎『眠駱駝物語』の上演が予定されているという。