戸板康二作・中村雅楽シリーズ初のテレビドラマ化、昭和34年8月放送『尊像紛失事件』のこと(第1回)。


江戸川乱歩の推輓により、戸板康二は「宝石」昭和33年7月号に、自身の「初」の推理小説である『車引殺人事件』を発表した。乱歩の絶妙な後押しもあり、『車引殺人事件』のあとも老優・中村雅楽を主人公とするシリーズを断続的に書き続けることになり、それまで歌舞伎ないし演劇評論の書き手として知られていた戸板康二は、推理小説の書き手としても活躍するようになってゆく。第1作の『車引殺人事件』が世に出たちょうど1年後の昭和34年6月、河出書房から江戸川乱歩が懇切な序文を寄せた推理作品集『車引殺人事件』が刊行され、その年の12月には「東京新聞」夕刊にて『松風の記憶』の連載を開始、そして年が明けて、昭和35年1月、『團十郎切腹事件』(「宝石」昭和34年12月号)により第43回直木賞を受賞することとなる。というふうに、『車引殺人事件』が世に出てから2年足らずのうちに、推理作家としてもとんとん拍子の活躍ぶりを見せた戸板康二であった。

 


「宝石」昭和33年7月1日発行(第13巻第9号)の戸板康二『車引殺人事件』の掲載ページ。タイトルのあとに乱歩による「ルーブリック」と称す紹介文が「R」名義で添えられている。神保朋世による挿絵は計3枚、最初の絵は『車引』のシーン。文中では、雅楽の案により三人とも赤の襦袢にしたという設定だけれども、挿絵ではあきらかに松王丸がいつもの白の襦袢になっているのがご愛敬。戸板康二は昭和14年4月からの足かけ5年の明治製菓宣伝部時代に、神保朋世主宰の句会に出たことがあった。邦枝完二、数馬英一、当時福助の六代目歌右衛門と同席したという(『句会で会った人』)。雅楽シリーズは他に三井永一、山本武夫が挿絵を描いている。小村雪岱の高弟である山本武夫とも明治製菓時代の顔なじみだった。そんな彼らによる戸板作品の挿絵、初出誌に埋もれてしまっている挿絵コレクションをしてみたいものだとかねがね思っている。

 

折しも昭和30年代前半のこの時期は、テレビ放送がますます本格化してゆく時期にあたっていた。戸板康二の書いた推理小説もさっそくテレビドラマの素材となり、『車引殺人事件』に引き続いて発表された、第2作『尊像紛失事件』(「宝石」昭和33年11月号)が昭和34年8月に日本テレビでドラマ化され、新派の英太郎が中村雅楽に扮し、以降、昭和36年までに中村芝鶴、尾上鯉三郎、大矢市次郎といった役者たちがテレビ、舞台、ラジオにおいて中村雅楽に扮したものの、その後は製作が途絶える。が、突如、中村雅楽シリーズ誕生から20年を経た昭和54年から55年にかけて、十七代目中村勘三郎が「土曜ワイド劇場」において中村雅楽に扮し、典型的「2時間サスペンス」という突っ込みどころ満載の仕上がりではあったものの、大スター中村屋が3度も雅楽に扮したことは戸板さんをさぞかし喜ばしたことだろう(ちょうどこの頃、戸板さんは喉頭がんを患って療養中だったから、なおのこと。)。創元推理文庫の『中村雅楽全集1 團十郎切腹事件』(2007年2月28日初版 )所収の新保博久氏による解説に、

本巻収録作品のあと八篇を発表後、雅楽探偵譚のフランチャイズだった『宝石』が六四(昭和三九)年に休刊、翌年に江戸川乱歩も死去すると、昭和四十年代には雅楽の登場は激減する。それが昭和五十年代ごろから華々しく復活を遂げた、中後期以降のシリーズの大きな変貌についても触れるべきだが、すでに与えられた枚数を大幅に超過しているので、後続巻の解説者におまかせしたい。

という指摘がある。原作の雅楽とはだいぶイメージは異なるものの、昭和歌舞伎きっての人気者・十七代目勘三郎は昭和50年代の雅楽の華々しい復活をとりまくムードにいかにも似つかしいのだった。『オール讀物』昭和51年6月号よりコラム欄「ちょっといい話」を前任者の岡部冬彦から戸板康二が引き継いで執筆することとなり、戸板康二の昭和50年代は「ちょっといい話」シリーズが戸板康二の代名詞的な存在となっていった歳月でもあった。中後期以降の雅楽シリーズの円熟には「ちょっといい話」の執筆が一役買っているといえる。と、そんな雅楽シリーズの円熟を示す代表作が「小説宝石」昭和50年10月号に発表された『グリーン車の子供』であった。

 


テレビドラマ、舞台、ラジオドラマになった中村雅楽シリーズを、雅楽に扮した役者とそのタイトルを列挙すると、以下のようになる。

 

【テレビドラマ】

  • 英太郎『夜のプリズム 尊像紛失事件』NTV 系列・昭和34年8月26日午後10時00分から30分まで
  • 中村芝鶴『直木賞シリーズ 團十郎切腹事件 前後編』フジテレビ系列・前編:昭和35年3月21日・後編:3月28日、いずれも午後8時30分から9時00分まで
  • 尾上鯉三郎『車引殺人事件』NHK・昭和35年7月15日・午後8時45分から10時00分まで
  • 中村勘三郎『土曜ワイド劇場・名探偵雅楽登場 車引殺人事件つづいて鷺娘殺人事件』テレビ朝日系列・昭和54年5月4日
  • 中村勘三郎『土曜ワイド劇場・名探偵雅楽登場 お染宙づり殺人事件ひきつづいて奈落殺人事件』テレビ朝日系列・昭和55年1月5日
  • 中村勘三郎『土曜ワイド劇場・名探偵雅楽三度登場 幽霊劇場殺人事件』テレビ朝日系列・昭和55年5月5日 

※『立女形失踪事件』がフジテレビによりドラマ化され市川門之助が出演しているという(「宝石」昭和37年11月号)。また、戸板さん自身が市川中車が雅楽に扮していることを回想している文章が存在する(『雅楽探偵譚 團十郎切腹事件1』所収「作品ノート」)。これらの具体的な放送日時は追って調査したい。

 

【舞台】

  • 尾上鯉三郎『車引殺人事件』新宿第一劇場4月興行・夜の部・昭和35年4月2日~26日

 

【ラジオドラマ】

  • 大矢市次郎『車引殺人事件』ラジオドラマ・昭和35年
  • 中村芝鶴『名子役失踪事件』ラジオドラマ・昭和36年

すばらしき労作『配役宝典』(http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Cinema/5784/)内の「配役宝典 第六版 な その2」(http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Cinema/5784/honbun/na3.html)のデータを参照いたしました。具体的な日時については追って調査したい。

 

 

これら一連の中村雅楽のドラマ化・舞台化について追究してゆくことを心に決めたのは2年以上も前、2011年9月15日付け「戸板康二ノート」において、昭和35年4月に新宿第一劇場で菊五郎劇団により舞台化された『車引殺人事件』について、前篇・後篇の2回にわたって、くだくだしく書き連ねたのであったが、その後、頓挫して日々が過ぎていた。が、わたしは追究を諦めているわけではない。


……などと、前置きが長くなってしまったが、2014年の新しい年の幕開けを記念して、記念すべき初の中村雅楽シリーズのテレビドラマ化、昭和34年8月26日放送の『尊像紛失事件』をめぐって、以下、くだくだしく書き連ねていこうと思う。



まず、昭和34年8月26日夜に戸板康二原作のテレビドラマ『尊像紛失事件』が日本テレビで放送されるまでの、戸板康二の推理作家としての流れを追ってゆくと、

  1. 「宝石」昭和33年7月号に『車引殺人事件』発表、推理作家としてデビュウ。
  2. 「宝石」昭和33年11月号に第2作『尊像紛失事件』発表
  3. 「宝石」昭和34年3月号に第3作『立女形失踪事件』発表
  4. 「宝石」昭和34年5月号に第4作『等々力座殺人事件』発表
  5. 「宝石」昭和34年7月号に第5作『松王丸変死事件』発表
  6. 「宝石」昭和34年9月号に第6作『盲女殺人事件』発表

以上6作を「宝石」誌上に発表している状態で、『松王丸変死事件』までの5作を収録した初の推理小説作品集『車引殺人事件』が昭和34年6月25日、河出書房より江戸川乱歩の懇切な序文付きで刊行されたばかりだった。ちなみに、『車引殺人事件』の出版記念会が翌7月27日に、赤坂の「阿比留」という酒亭で開催されていて、この日のことを十返肇は

さきほど、戸板康二氏を囲む会というのが催された。演劇批評家の戸板氏が、江戸川乱歩の依嘱を受けて、「宝石」に書いていた一連の推理小説が、こんど「車引殺人事件」と題して上梓されたのを祝う意味である。集まったのは、ごく親しい二十名足らずで、いわゆる「文壇人」は少なく、久保田万太郎、江戸川乱歩、奥野信太郎、安藤鶴夫、伊馬春部、尾崎宏次、池田弥三郎そのほかである。いまは周知のように、推理小説畑は、専門家のものよりも、有馬頼義、菊村到、松本清張など純文学作家畑の手になるものが大当たりを受けているわけだが、これに新たに演劇批評家が一枚加わった次第だ。「車引殺人事件」は、なるほど素人の余技らしい物足りなさもあれば、当夜久保田氏がいわれたように、「優等生の作文」みたいな点もあろう。お得意の歌舞伎の世界に取材したとはいえ、これだけ推理小説を書いたのは、たいへんなことで、これは近ごろピンの部に属する。

というふうに書いている(『十返肇の文壇白書』白鳳社・昭和36年10月10日)。また、「宝石」昭和34年9月号に掲載の『盲女殺人事件』に寄せた「ルーブリック」で乱歩は、

戸板さんの短篇集『車引殺人事件』(河出書房)は新聞雑誌の書評でたいへん好評である(「内外切抜帳」参照)。同書の出版を祝う会が、七月二十七日、久保田万太郎、奥野信太郎、十返肇、安藤鶴夫諸氏など、戸板さんのごく親しい人々十数名で開かれた。大げさな会でないのも戸板さんらしくて奥床しい。

というふうに、この日のことを綴っている。

 


その『車引殺人事件』出版記念会のちょうど1ヵ月後の8月26日夜、いよいよ『尊像紛失事件』がテレビドラマ化されたのだった。

 

 


NTV 放送台本『夜のプリズム 第三十二話 尊像紛失事件』。原作:戸板康二、脚色:戌井市郎、制作:NTV芸能局、提供:日野自動車。放送日:昭和34年8月26日(水)午後10時00分から10時30分、於:浜町第六スタジオ。本読み:8月24日(月)午後1時00分から4時00分、於:地学協会NTV。リハーサル:8月25日(火)午後1時00分から午後4時00分、於:地学協会NTV。奥付には「NTV 放送台本五九ノ一二三一号 (c) 厳禁無断使用」とあり、「作者」として「戸板康二 戌井市郎」、「題名(種別)」として「夜のプリズム 尊像紛失事件」、「第一発行年月日」として「昭和三十四年(一九五九年)八月二十三日」、「発行者使用権利者」として「日本テレビ放送網株式会社」、「印刷者」として「北進社」、「印刷年月日」として「昭和三十四年八月二十四日」と記載されている。シナリオの随所にカメラアングル等のメモが鉛筆で書き加えられていて、生放送で録画が残っていないテレビドラマを探る絶好の資料となっている。

 


戸板康二の『尊像紛失事件』は、日本テレビで当時毎週水曜日の午後10時から午後10時30分に放送されていた「夜のプリズム」と題されたシリーズの一環として放送されている。主に推理小説をドラマ化した30分1話完結のシリーズで、昭和34年1月21日から昭和36年1月11日にかけて計104話、毎週水曜日の午後10時から10時30分に放送されていた。コンセプトは、《本格的スリラードラマをねらい、毎回現代日本の文壇の第一線で活躍する推理作家の作品をとりあげる時間》であった(昭和34年1月21日付『朝日新聞』ラジオ・テレビ欄、第1回は菊村到原作『悪魔の小さな土地』)。昭和34年8月26日放送の『尊像紛失事件』はその第32回。そのあとさきの「夜のプリズム」シリーズ、昭和34年7月から9にかけてはどんなタイトルが並んでいるかというと、

  • 7月1日:第24話『容疑者』(高橋昌也、浮田左武郎、松平直子ほか)
  • 7月8日:第25話『養山都ホテル』(真弓田一夫、富田浩太郎ほか)
  • 7月15日:第26話『茶色の小瓶』(片山明彦、小池朝雄、清水将夫ほか)
  • 7月22日:第27話『幽霊船』(河野秋武、殿山泰司、辻伊万里ほか)
  • 7月29日:第28話『黒い花』(菊村到作/岡田英次、岩根加根子、加藤治子ほか)
  • 8月5日:第29話『かあちゃんは犯人じゃない』(仁木悦子作/安部徹、荒木道子ほか)
  • 8月12日:第30話『奇妙な再会』(土屋隆夫作/深見泰三、槙美佐子ほか)
  • 8月19日:第31話『過失の計算』(村瀬幸子、小池朝雄ほか)
  • 8月26日:第32話『尊像紛失事件』
  • 9月2日:第33話『百舌鳥』(木下宇陀児作/梅野泰靖、野々浩介、高友子ほか)
  • 9月9日:第34話『落ちる』(多岐川恭作/高橋昌也、野上千鶴子、田口計ほか)
  • 9月16日:第35話『風のたより』(竹村直伸作/春日俊二、丹阿弥谷津子ほか)
  • 9月23日:第36話『海辺の家』(菊村到作/堀越節子、佐原妙子、塚本信夫、高城淳一、中原弘二ほか)
  • 9月30日:第37話『霧笛』(伊勢博一作/仲谷昇、浮田左武郎、平松淑美ほか)

といったふうになる。当時の新聞のラジオ・テレビ欄の番組表では、「夜のプリズム」は出演者のみで原作者名が表記されていることは少なく、『尊像紛失事件』も読売・朝日・毎日の3紙のラジオ・テレビ欄ではいずれも「戸板康二」の名前は出てこない。「夜のプリズム」というシリーズ名も、各紙の朝刊夕刊では「スリラー・ドラマ」だったり、「スリラー劇場」だったり、単に「劇」だったり、正しく「夜のプリズム」だったりと長期間にわたって一定していない。役者名に誤植も多く(特に読売)、上のメモにもその誤植は踏襲されてしまっているかもしれない……。ちなみに「スリラー劇場」というのは、同じ水曜日にラジオ東京で午後8時30分から9時まで放送されていたラジオドラマのシリーズ名でもあり、たとえば「夜のプリズム」第1回の放送日の昭和34年1月21日には岡田鯱彦作『地獄から来た女』が放送されており、江戸川乱歩が特別出演している。


ついでに、『尊像紛失事件』の放送された昭和34年8月26日水曜日の夜、どのような番組が放送されていたのかを概観してみると、同じ日本テレビでは午後7時30分から8時まで伊藤整原作『誘惑』(出演:佐野周二、大空真弓、舟橋元、伊豆肇他)、このあと午後8時から8時30まで NHK でおなじみ『事件記者』(「時限爆弾」後篇)が放送されている。ちなみにラジオでは、NHK第一で午後10時10分から午後10時35分まで『明日ひらく窓』(サブタイトル:「結婚の条件」、佐田啓二主演)、ニッポン放送では午後10時から午後10時15分まで『眠狂四郎無頼控』(中村竹弥主演)といったラジオドラマが放送されているから、午後10時開始の『尊像紛失事件』とかぶってしまい、視聴者はこれらから選択を迫られていた状態。ラジオ東京で午後9時45分から午後10時まで放送の『夢声千夜一夜』(ゲスト:七尾伶子)を聴いたあとで、さあ10時だ、『尊像紛失事件』を見るとするか……といった感じかなと、当日のラジオ・テレビ欄を眺めてウキウキ。


『尊像紛失事件』の翌日の8月27日(木曜日)には、フジテレビで午後8時から9時45分まで『木曜観劇会ドラマ「顔」松本清張原作』(三橋達也、久慈あさみ出演)という、映画張りの大作が放送されているのが目を引く。9月9日付け『讀賣新聞』の「テレビ選評」に、《スリラーの松本清張ブームは依然たるもの、今週は三つあったのにはおどろく。》とあり、松本清張はテレビ界でも大ブームだったことが伺えるのだった。「夜のプリズム」においても昭和34年1月28日放送の第2話においてさっそく、松本清張原作・長谷川公之脚色『市長死す』が放送されている(演博に台本が所蔵されている)。

 

 

……以上、今回は前置きだけで終わってしまったけれども、次回はいよいよ、昭和34年8月26日放映の、戸板康二作品初のドラマ化の『尊像紛失事件』の詳細を、台本とともに残されていたリハーサル時に撮影されたと思われる計8枚のスチール写真とともにたどってゆく所存。