東京宝塚劇場で花組公演『麗しのサブリナ』を見たあと、教文館でコーヒーを飲む。


雨なので地下道をつたって、日比谷界隈へ向かう。日生劇場のところで地上に出て、午前11時過ぎ、東京宝塚劇場の座席で母と落ち合う。宝塚観劇意欲がこのところ急激にしぼんでしまい、自分でも残念至極。しかーし、いざ見に行くと毎回それなりにたのしく、来てよかった! と心の底から思うのが宝塚なのだ。というわけで、誘われるがままにダマされたと思って、上演を知ったときは脱力するしかなかった『麗しのサブリナ』の宝塚化はいかにして実現しているかを虚心に目撃しようではないかと、劇場の椅子でウェブサイトで印刷した人物相関図を眺める。ビリー・ワイルダーの『麗しのサブリナ』は10年以上前に2、3度見たっきり。そんなかすかな記憶が、ウェブサイトの人物相関図を眺めて、おぼろげがらもよみがえってきた。お屋敷の使用人仲間の歌とダンスがあるのかな、社交界の舞踏会シーンはいかにもありそうだな、パリの料理学校では玉子を割っているうちにいきなり歌とダンスがはじまるに違いない……などと、映画のシーンを宝塚の場面に置き換えて、悦に入る。と、そんなことをしているうちに、宝塚版『麗しのサブリナ』がモクモクとにたのしみになってくるのであった。


中村暁脚本・演出『ミュージカル 麗しのサブリナ』。今回もいつものように、劇場の椅子に座るまではやる気がわかなったけれども、いざ幕が開いてみたら、それなりにたのしく、ディテールでは嬉しいところがたっぷり。花組は前回の『虞美人』で愛音羽麗と未涼亜希が「いいな、いいな」と思っていたので、今回もつい注目、そして今回も「いいな、いいな」であった。慇懃口調の秘書の未涼亜希がナイス、コック帽のよく似合う愛音羽麗、お見事! それから、スーツ好きとしては、衣裳が嬉しく、主演の真飛さん、決まってる! と目にたのしい。そして、二番手の壮一帆の好演が愛嬌たっぷり、愛音羽麗、未涼亜希と同じく、ステージに登場すると、それだけで嬉しかった。使用人仲間たち、お金持ちの友人たちといった「その他大勢」的な人びともそれぞれにイキイキしていて、たのしく見物。


と、そんな群像劇という点ではなかなか好感触だったものの、弟の壮一帆が療養に入ってからの展開にモヤモヤ。「んもー、このへんは早送り!」と、ストーリーテラーの愛音羽麗さんの登場を切望するのだったが、あいにく登場せず。堅物の仕事人間であるはずの兄の真飛聖は特に堅物でもなさそうな、ごく普通のジェントルマンなのが、脚本的に大いに不満であった。仕事人間の堅物が恋愛に目覚めるという展開は、前回に見た宙組の『トラファルガー』と似ていると言えば似ている、そうだ、ネルソン将軍の大空祐飛がこの役を演じたらどうだっただろう、仏頂面のよく似合う大空祐飛さんにぴったりな気がする! というようなことを思って気を紛らわしているうちに、やっと壮一帆が舞台に登場したときは心の底から嬉しかった。「救われました、救われました……。」と、真山青果の『元禄忠臣蔵』の「第二の使者」のセリフが吉右衛門の口跡で頭のなかに響き渡った瞬間。


30分の休憩のあとは、藤井大介作・演出の『スパークリング・ショー EXCITER!!』。役名のついているお芝居はまだしも、ショーとなると顔の判別がいつもほとんど出来ないでいるので、今回の花組は、主演の真飛聖、壮一帆、愛音羽麗、未涼亜希と4人の顔がバッチリと判別できて、顔の判別が出来ると楽しさ倍増だなアと、低次元なよろこびにひたった。「キラキラ」というよりも「ギラギラ」している壮一帆さんに目が離せないものがあったり、愛音羽麗さんの歌にうっとりしたり、あちこちで満喫。男役の集団が逆三角形になって階段から降りてくるというような、一連の宝塚的定石がクーッと快感。この感覚は、東映時代劇における、突然襖があいて悪役の動きが止まり立ち回りがはじまる瞬間にとてもよく似ている。そして、最後の大階段のフィナーレは何度見ても気持ちが晴れ晴れする。こればかりは何度見ても飽きるということがない。おお宝塚!

 

午後2時半にハネて、劇場の外に出ると、あいかわらず雨がシトシト降っている。劇場の椅子のあとは身体をほぐしがてらちょいと歩きたいと、傘をさしてみゆき通りを歩いて泰明小学校の脇を歩いて、外堀通りで左折して数寄屋橋交差点を渡って、並木通りを歩いて右折して、教文館ビルへ。ひさしぶりに教文館の4階の喫茶店でコーヒーを飲んだ。

 


《銀座通りの方向から見た教文館・聖書館ビルの全景》、『震災復興〈大銀座〉の街並みから 清水組写真資料』(銀座文化史学会、1995年12月12日発行)より。ビルのてっぺんの塔が現在の東京宝塚劇場にちょっとだけ似ている。昭和9年竣工の昔の東京宝塚劇場には一度も行ったこともなかったけれども、ほぼ同時代の昭和8年9月竣工の教文館ビルはだいぶ改修がほどこされているけれども今でも健在。わたしの人生で、銀座でもっとも足を踏み入れている建物かも。

 


同じく『震災復興〈大銀座〉の街並みから』より、《教文館(右)と聖書館(左)の間の玄関。この中央が両者の境界線となる。ビル奥から松屋通りを望む。入口左右に回転ドアーがあり、写真左のカウンターは現存。》。この建物に足を踏み入れるのは、この松屋通り側の入り口がほとんど。狭い階段をあがって二階へゆくのがいつもそこはかとなく好きだ。