『事件記者』の宮阪将嘉を見て、ムーラン・ルージュをおもう。


今月は映画館に頻繁に出かけた。フィルムセンターでは、伊藤大輔の無声映画2本立て『斬人斬馬剣』(松竹下加茂・昭和4年)と『忠治旅日記』(日活大将軍・昭和2年)のモダーン時代劇がすばらしく、何日たっても大興奮だった。『忠治旅日記』の伏見直江を機に、小山内薫をとりまく人物誌にあらためて再燃して、図書館に出かけては欲しい本が増えて困ったことであった。《小学生のころは「伝次郎」に震えたけど、現在は「直江」にふるえる》と書いたのは、伊藤大輔の『御誂次郎吉格子』(日活大将軍・昭和6年)を50年ぶりに再見したときの三國一朗であるが(『三國一朗の人物誌』)、わたしは伝次郎にも直江にもふるえる!


そして、深い考えもなく見に行って、意外にもなかなか余波が収まらなかったのが、神保町シアターの《映画少年の夢 川本三郎編》特集で見た、東宝の『新・事件記者』だった。ある日、なんとなく気が向いて、井上和男『新・事件記者 殺意の丘』(昭和41年8月31日封切)を見に行き、『警視庁物語』を彷彿とさせるシリーズ物群像劇をそこはかとなくたのしんでいたのであったが、帰宅して、いろいろと資料をひもといてみると、映画を見ていたとき以上に大興奮! 

 


『グラフ NHK』通巻126号(NHK 広報部、昭和40年7月15日発行)。『事件記者』特集の『グラフNHK』の表紙はもちろん相沢キャップ、永井智雄。今回の神保町シアターの特集は、川本三郎によるセレクションで《麻布の丘に集った異彩たち 麻布映画祭》として、麻布高校出身の文学者や映画人に焦点をあてている。『新・事件記者』の永井智雄については、チラシ解説に《相沢キャップ役の永井智雄はテレビ・映画通しての作品の顔だった》とある。

 


同誌の紹介記事、『事件記者』における「警視庁」の面々。前列右から、山本部長刑事(ヤマチョウ):野口元夫、村田部長刑事(ムラチョウ):宮阪将嘉、捜査一課長:高島敏郎、後列右から、鳥貝刑事(トリサン):木下秀雄、鑑識課・湯浅主任:館敬介、遠藤刑事(エンちゃん):藤岡重慶。

 

初めて見た『事件記者』、『新・事件記者 殺意の丘』にて、警視庁の部長刑事の人が味わい深いなあと深く印象に残っていて、あの部長刑事は宮阪将嘉であった! ということを遅ればせながら知って、「おお!」と映画を見ていたとき以上に大興奮だった。

 


矢野誠一『舞台人走馬燈』(早川書房、2009年8月25日)。装幀・装画:小林真理。「宮阪将嘉」と聞いて、この本のことを思い出した。刊行直後に一心不乱に読みふけって以来、ひさびさに取り出して、まず「宮阪将嘉」を読み返したあと、初読時とまったくおんなじように一心不乱に読みふけってしまう。その読み心地は、戸板康二の「ちょっといい話」をはじめとする一連の人物誌とまったくおんなじだ。73人の「舞台人」が登場する本、ラストを飾るのは「戸板康二」の名前。



『新・事件記者 殺意の丘』に引き続き、イソイソと神保町シアターに出かけて、『新・事件記者 大都会の罠』(昭和41年6月30日封切)を見た。今度は日活のショートプログラムの『事件記者』を見たい。深い考えもなく見に出かけた『新・事件記者』のスクリーンで、宮阪将嘉のことが印象に残ったのを機に、7月下旬は、部屋にあるムーラン・ルージュ文献をあさった日々であった。

 


『ムーラン・ルージュ特集号』(新宿百選会、昭和39年12月10日発行)。田辺茂一を会長とする「新宿百年会」発行の充実のムーラン・ルージュ特集。

 


冒頭には「あんなことそんなこと」と題した関係者の座談会。左から、司会の尾崎宏次、斎藤豊吉、望月優子、阿木翁助、宮阪将嘉、若水ヤエ子、坪井一夫。たくさんの人が寄稿して、充実した資料になっている『ムーラン・ルージュ特集号』、座談会の次のページには、戸板康二による「戦中・戦後」と題した小文。印象に残った「佳作」として、『夕刊酒場』『寮母日記』を挙げている。いずれも伊馬鵜平の作品。戦後の作品としては、中江良夫の『にしん場』のことを《強烈な印象を忘れることができない》と書いている。

 


ムーラン時代の宮阪将嘉、ムサシノ漸。阿木翁助『青春は築地小劇場からはじまった 自伝的日本演劇前史』社会思想社(現代教養文庫、1994年10月)より。