『演劇界』の「家で楽しむ歌舞伎 私のこの一冊」のページを毎月とてもたのしみにしている。「家で楽しむ歌舞伎」は月ごとに異なる書き手が歌舞伎にまつわる愛読書や推薦書を1冊紹介するコーナーで、新装復刊第1号の2007年9月号から最新号の2013年8月号まで計72人の書き手が登場し、72冊の歌舞伎本が紹介されている。今までどんな本が登場しているのか一望したくなったので、取り急ぎリストを作成してみた。このまま連載が続けば、戸板康二生誕100年の2015年12月にちょうど100人・100冊になるのだった。
2007年
- 9月号:利根川裕/戸板康二『歌舞伎への招待』(衣裳研究所、昭和25年1月)※2004年1月に岩波現代文庫(解説:山川静夫)。
- 10月号:山田庄一/『日本戯曲全集 歌舞伎編』全50巻(春陽堂、昭和3年~8年)
- 11月号:橋本治/鳥越文蔵〔ほか〕校注・訳『新編 日本古典文学全集77 浄瑠璃集』(小学館、2002年10月)※仮名手本忠臣蔵(長友千代治校注・訳)、双蝶蝶曲輪日記(黒石陽子校注・訳)、妹背山婦女庭訓(林久美子・井上勝志校注・訳)、碁太平記白石噺(大橋正叔校注・訳)
- 12月号:関容子/丸谷才一『忠臣蔵とは何か』(講談社、昭和59年10月)※昭和63年2月に講談社文芸文庫(解説:野口武彦)
2008年
- 1月号:鳥越文藏/歌舞伎評判記研究會編『歌舞伎評判記集成』第1期、全10巻+別巻(岩波書店、昭和47年9月~52年12月)
- 2月号:馬場順/邦枝完二『松助芸談 舞台八十年』(大森書房、昭和3年9月)
- 3月号:岡野竹時/小泉喜美子『歌舞伎は花ざかり』(駸々堂出版、昭和61年1月)
- 4月号:木村隆/渡辺保『歌舞伎手帖』(駸々堂出版、昭和57年7月)※最新版は角川学芸文庫(2012年10月刊行)
- 5月号:古井戸秀夫/郡司正勝『おどりの美学』(演劇出版社、昭和32年11月)
- 6月号:奈河彰輔/雑誌『演芸画報』全440冊(明治44年1月創刊、昭和18年10月終刊)
- 7月号:諏訪春雄/守随憲治・秋葉芳美共編『歌舞伎図説』第1~第12輯(萬葉格、昭和7年12月~昭和8年2月)
- 8月号:森西真弓/高谷伸『明治演劇史伝 上方篇』(建設社、昭和19年7月)
- 9月号:山川静夫/木村菊太郎『芝居小唄』(演劇出版社、昭和35年11月)※昭和54年11月に改訂増補版
- 10月号:津田類/藤間紀子『高麗屋の女房』(毎日新聞社、1997年10月)
- 11月号:林京平/小池章太郎『考証江戸歌舞伎』(三樹書房、昭和54年10月)※1997年7月に増補新訂版
- 12月号:大笹吉雄/河竹繁俊『日本演劇全史』(岩波書店、昭和34年4月)
2009年
- 1月号:葛西聖司/戸板康二・吉田千秋共著『カラーブックス72 歌舞伎』(保育社、昭和40年2月)
- 2月号:河合眞澄/三代目中村仲蔵著・郡司正勝校註『手前味噌』(青蛙房、昭和44年11月)
- 3月号:大岩精二/六代目尾上菊五郎『芸』(改造社、昭和22年10月)
- 4月号:福本和生/三宅周太郎『歌舞伎研究』(拓南社、昭和17年12月)
- 5月号:鈴木治彦/大木豊『あの舞台この舞台 大劇場閉鎖から東宝カブキまで』(劇評社、昭和30年12月)
- 6月号:今井豊茂/飯塚友一郎『歌舞伎細見』(第一書房、大正15年10月)※昭和2年12月に増補改版
- 7月号:権藤芳一/服部幸雄『絵で読む歌舞伎の歴史』(平凡社、2008年10月)
- 8月号:近藤瑞男/三宅三郎『かぶきを見る眼』(新樹社、昭和31年9月)
- 9月号:田口章子/八代目坂東三津五郎『聞きかじり見かじり読みかじり』(三月書房、昭和40年9月)※2000年2月に新版
- 10月号:藤井康雄/三宅周太郎『演劇往来』(新潮社、大正11年2月)
- 11月号:西形節子/日本地図選集刊行委員会・人文社編集部編『嘉永慶応 江戸切絵図 全』(人文社、昭和41年3月)
- 12月号:今岡謙太郎/河竹登志夫『作者の家 黙阿弥以後の人びと』(講談社、昭和55年8月)※最新版は岩波現代文庫(2001年12月刊行、全2冊、解説:井上ひさし)
2010年
- 1月号:岡安辰雄/六代目尾上菊五郎『おどり』(時代社、昭和23年10月)
- 2月号:木本公世/加賀山直三『ある女形の一生 五代目中村福助』(東京創元社、昭和34年2月)
- 3月号:法月敏彦/西原柳雨『川柳江戸歌舞伎』(春陽堂、大正14年11月)
- 4月号:犬丸治/巌谷槙一『僕の演劇遍路』(青蛙房、昭和51年10月)
- 5月号:武藤純子/服部幸雄『江戸の芝居絵を読む』(講談社、1993年11月)
- 6月号:後藤美代子/十三代目片岡仁左衛門『芝居譚』(河出書房新社、1992年10月)
- 7月号:神山彰/千谷道雄『舞台裏の人々 裏方物語』ハヤカワ・ライブラリ(早川書房、昭和39年12月)
- 8月号:清水可子/松井俊諭『歌舞伎家の芸』(演劇出版社、2002年10月)
- 9月号:水田かや乃/郡司正勝『新訂 かぶき入門』現代教養文庫361(社会思想研究会出版部、昭和37年1月)※最新版は岩波現代文庫(2006年年8月刊、解説:武井協三)
- 10月号:船曳建夫/三井高遂写真・郡司正勝編『歌舞伎名優時代 舞台写真・大正から昭和へ』(二玄社、昭和63年5月)
- 11月号:大島幸久/戸板康二『今日の歌舞伎』(創元社、昭和27年11月)
- 12月号:吉田弥生/今尾哲也『変身の思想 日本演劇における演技の論理 』(法政大学出版局、昭和45年6月)
2011年
- 1月号:粟屋朋子/森鴎外・三木竹二『月草』(春陽堂、明治29年12月)※2004年6月に三木竹二『観劇偶評』(岩波文庫、解説:渡辺保)刊
- 2月号:児玉竜一/稲垣浩『ひげとちょんまげ 生きている映画史』(毎日新聞社、昭和41年8月)※昭和56年5月に中公文庫(解説:佐藤忠男)
- 3月号:阿部達二/戸板康二『歌舞伎輪講』小学館創造選書30(小学館、昭和55年5月)
- 4月号:金子健/六代目尾上梅幸『女形の芸談』(演劇出版社、昭和63年11月)
- 5月号:村上湛/折口信夫『かぶき讃』(創元社、昭和28年2月)※2004年12月に中公文庫(解説:二代目中村獅童)
- 6月号:濱口久仁子/郡司正勝『和数考』(白水社、1997年6月)
- 7月号:矢野誠一/戸板康二『演芸画報・人物誌』(青蛙房、昭和45年1月)
- 8月号:阿部さとみ/堂本正樹『男色演劇史』(薔薇十字社、昭和45年4月)
- 9月号:岩豪友樹子/葛西聖司著・菊地ひと美絵『ことばの切っ先 心にせまるセリフ』(小学館、2006年4月)
- 10月号:長谷部浩/渡辺保『女形の運命』(紀伊國屋書店、昭和49年10月)※最新版は岩波現代文庫(2002年6月刊、解説:三浦雅士)
- 11月号:上田由香利/諏訪春雄『心中 その詩と真実』(毎日新聞社、昭和52年3月)
- 12月号:小林恭二/戸板康二『役者の伝説』(駸々堂出版、昭和49年12月)
2012年
- 1月号:榎その/松田青風著・野口達二編『歌舞伎のかつら』(演劇出版社、昭和34年9月)※昭和61年9月に改訂版、1998年8月に改訂新装版
- 2月号:池内紀/花田清輝『俳優修業』(講談社、昭和39年10月)※1991年6月に講談社文芸文庫(解説:森毅)
- 3月号:寺田詩麻/河竹登志夫『近代演劇の展開』新NHK市民大学叢書11(日本放送出版協会、昭和57年3月)
- 4月号:赤江瀑/河原崎国太郎『女形の道ひとすじ』(読売新聞社、昭和54年11月)
- 5月号:矢内賢二/野口達二『歌舞伎』(文藝春秋新社、昭和40年12月)※昭和51年9月に改訂増補新装版
- 6月号:朝倉摂/河竹登志夫監修・林嘉吉写真『歌舞伎舞踊劇 道成寺』(講談社、昭和50年11月)
- 7月号:織田紘二/安部豊編『魁玉夜話 歌舞伎の型』(文谷書房、昭和25年3月)※昭和34年6月に学風書院より再刊
- 8月号:加納幸和/田口章子編『今尾哲也先生と読む『芸十夜』』(雄山閣、2010年10月)
- 9月号:石山俊彦/渡辺保『千本桜 花のない神話』(東京書籍、1990年10月)
- 10月号:内山美樹子/祐田善雄校注『日本古典文学大系99 文楽浄瑠璃集』(岩波書店、昭和40年4月)※菅原伝授手習鑑、義経千本桜、一谷嫩軍記、妹背山婦女庭訓、艶容女舞衣、摂州合邦辻、伊賀越道中双六、絵本太功記
- 11月号:菊地ひと美/田口章子『江戸時代の歌舞伎役者』(雄山閣出版、1998年9月)※2002年12月に中公文庫(解説:諏訪春雄)
- 12月号:鈴木英一/須田敦夫『日本劇場史の研究』(相模書房、昭和32年5月)
2013年
- 1月号:生島淳/市川猿之助『演者の目』(朝日新聞社、昭和51年3月)
- 2月号:大西秀紀/山口廣一企画・編集『「幕間」別冊 大阪の延若』(和敬書店、昭和26年5月)
- 3月号:亀和田武/服部幸雄文・一ノ関圭絵『絵本夢の江戸歌舞伎』(岩波書店、2001年4月)
- 4月号:齊藤千恵/赤穂市総務部市史編さん室編集『忠臣蔵』全7巻(兵庫県赤穂市)※第1巻は1989年3月刊、第7巻は未刊(2013年7月時点)
- 5月号:埋忠美沙/河竹繁俊『河竹黙阿弥』(演芸珍書刊行会、大正3年12月)
- 6月号:神田由築/喜多川守貞著、朝倉治彦・柏川修一校訂編集『守貞謾稿』全5巻(東京堂出版)※岩波文庫で『近世風俗誌』全5巻(宇佐美英機校訂)として刊行
- 7月号:津川安男/国立劇場・芸能調査室編『式亭三馬著 勝川春英・歌川豊国画 享和三年初版本 戯塲訓蒙図彙場訓』歌舞伎の文献3(国立劇場調査養成部・芸能調査室、昭和44年3月)※2001年3月に改訂新版
- 8月号:赤坂治績/犬丸治『「菅原伝授手習鑑」精読 歌舞伎と天皇』(岩波現代文庫、2012年4月)
三井高遂写真・郡司正勝編『歌舞伎名優時代 舞台写真・大正から昭和へ』(二玄社、昭和63年5月)より、昭和3年3月18日歌舞伎座の『春霞旅行橘』の舞台写真。2010年10月号で本書を紹介する船曳建夫さんの文章の結び、
さて、この写真集のなかでいちばん好きなものはというと、昭和三年三月十八日、歌舞伎座における『春霞旅行橘』である。もとよりこんな狂言はない。十五代目羽左衛門の洋行を祝してつくられた一幕である。老村長役の六代目菊五郎が酔って踊ったりしたようで、情景が目に浮かぶ。そしてこの写真でも、羽左衛門の立ち姿の見事さ。もっともそれは、モーニング姿なのだが、その横顔のみずみずしい男ぶりといったら。
にうなずくことしきり、本当にまあ、この横顔のなんとみずみずしい男ぶり! この楽屋落の一幕を終えた羽左衛門は、同月29日には船上の人となり、同年9月下旬に帰国。
昭和3年3月の歌舞伎座は、『曽我の対面』、『源平布引滝』、『文屋と喜撰』、松居松翁の新作『又五郎兄弟』と『春霞旅行橘』という狂言立て。昭和3年といえば、昔からこの年の小山内薫の劇評を愛読していたものであった、特に羽左衛門の実盛を評した、
羽左衛門の実盛を見た。面白かった。音楽を聞くような意味で面白かった。舞踊を見るような意味で面白かった。
私は決してその内容に動かされたのではない。内容は実に詰まらないものである。内容らしい内容はまるで無いといっても好い位である。私が動かされたのは、歌舞伎が持つ「形式」と「表現」によってである。
云々という書き出しにシビれたものであったなあと、なつかしいなあと、ひさびさに本棚から菅井幸雄編『小山内薫演劇論全集 第4巻 伝統演劇篇(上)』(未来社、昭和41年6月)を取り出してしまうのだった。この小山内薫の「『実盛物語』を見て」が朝日新聞に掲載されたのは、この写真の撮影日と同じ昭和3年3月18日のこと。
同じく『歌舞伎名優時代』より、昭和3年11月8日歌舞伎座『与話情浮名横櫛』の舞台写真。帰ってきた羽左衛門、こちらもみずみずしい男ぶり! お富は松蔦、蝙蝠安は菊五郎。《羽左は帰朝早々私に、早くベランメー劇がしたかつたと言つた、その第一に演ずる所謂ベランメー劇がこれであるだけ、期待の如き与三郎を見せてくれた。》という『演芸画報』掲載の田村西男の劇評が引用されている。ちなみにこの月の小山内薫の劇評(「朝日新聞」昭和3年11月10日から12日まで掲載)は、
市村羽左衛門が欧米長途の旅行を終えて無事に帰朝した。しかもわが羽左衛門は――少なくとも舞台の上では――以前と少しも変りのない(たといオオケストラで胡蝶の舞の真似事はしても)羽左衛門である。今度の歌舞伎座は、単にその「羽左衛門の健在」を観客に報告するだけの興行方針であるらしい。
というふうにして始まり、『源氏店』については、
羽左衛門のいわゆる「おれの商売」の一つである与三郎である。それは益々円熟の妙境に達して、一点非をさし挟むべき隙がない。殊に、後半、唯お富があるだけで、もう金もなければ、安もない、あの一本気な情痴の表現は、実に当代無比である。
唯、今度は周囲の人物が、いつもとはひどく勝手が違っていた。
というふうに、このあと縷々続いてゆく。この翌月25日に小山内薫は急逝するのだった。
戸板康二は『五つの演劇論』(「東宝」昭和43年5月から9月まで連載→『夜ふけのカルタ』)の4つ目に「小山内薫の歌舞伎評」を挙げ、昭和3年の歌舞伎評について、
……大正十三年に土方与志とたずさえて作った築地小劇場が五年目を迎えた昭和三年、朝日新聞が小山内薫に毎月の劇評を依嘱した。
この年は、小山内薫の死ぬ年である。読んでゆくと、その健康に不安な影がさしはじめているのが、はっきりわかって痛ましく思われる。しかしこの「白鳥の歌」ともいうべき、最後の年の劇評は、内容といい、スタイルといい、類稀な名評であった。
昭和三年のこの劇評は、中学生のぼくが、朝日の紙上で読んでいるはずだが、むろん今持っているような感銘を受けたわけではない。のちに全集(第七巻)で読んで、目を見はったのである。
小山内薫全集は部数が少なく、珍本であったが、昭和四十一年に未来社が「小山内薫演劇論全集」の第四巻伝統演劇篇(上)に、この朝日の劇評を全部収録したので、今では誰でもが容易に読めるようになった。
というふうに書いている。わたしは昔、戸板さんのこの文章を読んで、『小山内薫演劇論全集 第4巻 伝統演劇篇(上)』が欲しい! と思ったのであったなあとひたすら懐かしい。雨がザアザア降る早じまいの古本市で800円で買って、ホクホクと帰宅したら志ん朝死去の報に驚愕したことを今も鮮やかに覚えている。
三井高遂写真・郡司正勝編『歌舞伎名優時代 舞台写真・大正から昭和へ』(二玄社、昭和63年5月)については、戸板康二は「出版ダイジェスト」1988年5月号にさっそくその書評を書いている(『六段の子守唄』三月書房・1994年1月23日に収録)。
この写真集の時代は、私が小学三年から中学二年までの舞台で、もちろん、自分で席をとってゆくわけではなく、親が連れて行ってくれたものだけしか知らないのだが、何しろ、今思うと、大変な名優が揃っていて、毎月いろいろな古典と新作を見せてくれたのだから、ぜいたくな、私にとってはベル・エポックであった。
とそんな戸板さんの「ベル・エポック」がパッケージされている『歌舞伎名優時代』は印刷も極上の美しさ。
私が、歌舞伎の世界で文筆の仕事をするようになったのは、子供の時からの芝居好きであったためだが、そうなったのは、やはり明治の名優に芸を教わり、育った大正・昭和の名優の名舞台を見たからだと思っている。
俗にいう、歌舞伎に「病みつき」になるだけの見事な芸に接したからで、そういう舞台は学校のようなものだった。
と、そんな戸板さんの「学校ようなものだった」舞台がパッケージされている『歌舞伎名優時代』はわたしにとってもとびきりの愛蔵書なのだった。