戸板康二作・中村雅楽シリーズ初のテレビドラマ化、昭和34年8月放送『尊像紛失事件』のこと(第4回)。

以下、昭和34年8月26日午後10時から30分間放映の「夜のプリズム」シリーズでテレビドラマ化された、戸板康二作の『尊像紛失事件』のメモ、第1回、第2回、第3回に続く、第4回メモ。やっと最終回。



手元にある台本とリハーサル時に撮影されたと思われる計8枚のスチールとともに、全16場の30分間のテレビドラマの進行をモタモタとたどっているのだったが、第1回は前書き、第2回で導入から尊像を盗まれるまでの第1場から第3場までの3枚のスチール、そして、前回の第3回では、雅楽と竹野記者のコンビが探偵役を買って出て、与七の目撃した白いワイシャツの男が犯人であるらしいと確定される第4場から第9場までの2枚のスチールとともにたどってみた次第であった。


と、与七の目撃した「白いワイシャツの男」が犯人であることが確定されたところで、続く第9場は事件の翌日、「小半次の楽屋口にかかっているのれん」のショットのあと、頭取(近藤準)とかつらや(配役不明)が写る。台本には、えんぴつで「昨日は大変でしたね……」というセリフが書き加えられている。当初は「その翌日」というテロップのみの予定が、頭取とかつらやのセリフに演出が変更されている。

 


第10場は「浪さんが寝かされている部屋」に雅楽(英太郎)と竹野記者(金田龍之介)、為さん(伊吹武)と吉田(久門祐夫)がいる。「白いワイシャツの男」について、なんとか突き止めたい一同。まだ口の聞けない浪さん(中田舜堂)も犯人について伝えようと必死である。寝ている「浪さんが、虚ろな目を開いて、利く方の右手で片仮名の「ワ」のような或は「門」がまえともみえる字を空に描く」。雅楽と竹野記者が首をかしげると、「浪さんは、そのあと、じれったそうに右手の親指と小指を立て、中の三本を曲げて動かす。影絵の狐のような手つきである」。浪さんの必死のメッセージを目の当たりにして、いろいろと考えをめぐらす雅楽と竹野記者であった。と、そこで、雅楽はふとひらいめいた。「それはそうと、今月他に "仏さま" を小道具で使う芝居はあったかね?」と雅楽に問われて、吉田は「(考えて)ありますよ。半九郎さんの "双面" が」。ふーむと、さらに考える雅楽だった。


続いて、第11場は監事室。この月の「××劇場」、夜の部の最後は『双面水照月』で、小半次の弟の芳沢半九郎の出し物だった。ガラス窓のなかから舞台に見入る雅楽(英太郎)を斜め横からとらえるショットで場面が始まる。隣りに竹野記者(金田龍之介)、机に向かって、監事室の青年・荒田(奥野匡)がいる。

雅楽:
「半九郎は今月中々勉強だね。昼の実盛もいいし、さっきの法界坊も中々達者だ。いまの踊りのお姫さまも劇評はよくないようだが、中々どうして、法界坊よりいいかも知れないぜ。」
竹野:
「女船頭に仏像をつき付けられて下手へ二三歩行く足どりとその時の表情がなってなかったんです。」
雅楽:
「勉強したんだね。それじゃア。半九郎はいい役者だね。」

という会話を交わしていると、監事室の荒田が何気なく「よくなったのは昨日あたりからです」と証言。この場の半九郎についての劇評はおおむね芳しくなかったのだったが、昨日から、つまり尊像が盗まれた昨日から急によくなったと聞いて、雅楽を突如鋭い目つきで「本当かい?」と、竹野記者とともにいそいそと半九郎の楽屋へと向かう。何事かひらいめいた雅楽だった。

 


第12場は「半九郎の部屋」。「半九郎、野分姫の衣裳を脱ぎながら話している。以下、衣裳を脱ぎ終ると直ぐ、鏡台の前に坐り、顔をおとしはじめる」。

 



芳沢半九郎に扮するのは当時の名を中村万之丞、のちの二代目吉之丞(→「歌舞伎俳優名鑑 想い出の名優篇」内の二代目中村吉之丞:http://www.kabuki.ne.jp/meikandb/omoide/actor/82)。今年の1月26日に亡くなられたばかりの吉之丞の若き日のうるわしき姿にジーン。が、原作では半九郎は《女形になじんでいない》という設定であり、昼の部は実盛、夜の部では法界坊を演じており、いずれも大好評、劇評では『双面』だけは芳しくなかった。

 



大先輩の中村雅楽(英太郎)が自分の役を全部見てくれたことを聞いた半九郎(中村万之丞)は、「おじさん、どうか、教えてください、まだ楽まで三日あります」と、非常に芸熱心な感心な男。

雅楽:
「双面で、あんたが仏像をつきつけられる所がばかによかったんだが、ことに仏像から目をそらす目つきがうまい。あすこだけは百点あげたい。」
半九郎:
「(うれしそうに)おじさん、ありがとうございます。いや、実は、小道具がいいんですよ。初め岩浪の持って来た阿弥陀の尊像がチャチなんで、厨子があいて、つきつけられても、いかにもこしらえ物でございという感じで、一向に有り難そうでないんです。
 昼間は兄貴がほん物の仏さまを借りて来て、それが評判になってる。だから、あたし、岩浪に言ったんです。来月は京都に持ってゆく出し物であるし、ひとつ、ほん物に負けをとらないようなのをこしらえ直してくれないか……。それが、やっと昨日になって出来て来ましてね」

というふうに、若き日の吉之丞さんは、テレビカメラの前で結構な長台詞をしゃべっていたのであった。評判が芳しくなかった半九郎の『双面』が昨日から急に評判がよくなったのは、小道具の尊像が「ほん物に負けをとらないような」ものが昨日やっと出来上がったからだという。

 

おや、小半次の楽屋から国宝級の阿弥陀如来像が盗まれたのも昨日であったが……? と、昨日から舞台で交換された『双面』の小道具はもしや盗まれた尊像なのではないかなと視聴者もうっすらと察知したに違いないところで、雅楽に呼ばれていたらしい小道具係(山口正夫)が半九郎の楽屋にやってくる。雅楽が「半九郎の双面がいいのは、あんたのおかげだ。中々いいものをこしらえ直したというじゃないか」とねぎらいの言葉をかけると、小道具さんは「いや、職人があいにく休んでいましてね。来月までには間に合いますよ」とトンチンカンなことを言う。やはり、『双面』の仏像は……。

 


続いて、第13場は「小道具部屋」。半九郎の楽屋で小道具さんの話を聞いた雅楽は突然立ち上がり、竹野さんたちとともに小道具部屋へとやって来た。「戸が開いて内部が明るくなる。雅楽達が入ってくる。最初に雅楽の目にとまったのは、昼の部の『帯屋』の小道具の針箱だった。尊像盗まれた『実盛物語』のあとが『帯屋』だった。浪さんにボタンを取られてしまった「白いワイシャツの男」がここでボタンを付け替えたことがそれとなく暗示される。

 

そして、竹野さんがいよいよ『双面』の小道具のふくさ包を開けてみると……。

黒塗りの縦六寸ほどの厨子、扉を開ける。国宝指定、身の丈三寸の金色の "阿弥陀如来像" が納まっている。雅楽を除く他の者、思わず "あっ" と息をのむ。

と、ト書きにある。ここで仏像がアップで写ったあと、場面はすぐに、小半次の楽屋へと切り替わる。

 


と、第14場の「小半次の楽屋」。「小半次、仏像を手に持ち満悦の態である。雅楽、竹野、与七をはじめ吉田、為さん、その他部屋いっぱいに人の群れ」となったところで場面がはじまり、雅楽は「これはあくまで想像だよ。そのつもりできいてもらいたい」と、事件の絵解きに入る。

 

別室で、小半次の楽屋から尊像を盗もうとした「ワイシャツの男」が浪さん(中田舜堂)に見つかって、取り押さえられようとしたところで、思わず浪さんを突き飛ばしてしまう。男は浪さんが倒れたのを見てあわてたが、一刻も早く立ち去らねばならなかった……という場面が、あらかじめ録音されていた雅楽の絵解きのセリフとともに、「ワイシャツの男」の顔を見せないままに無言劇ふうに再現される。と、そこで、「自動車の急ブレーキ」と「犬の悲鳴」の音声が再生されて、

雅楽:
「男は思わず、窓のところまで、戻ってきて、外を見た。その時、たまたま、斜向いの与七さんの家の二階から、楽屋が見えた。なア、与七っさん、そういうことになるだろう」
与七:
「私はおおいって、呼んだ」

と、もとの小半次の楽屋にカメラが戻ったところで、雅楽(英太郎)と藤川与七(中村吉十郎)の問答になり、第2場の与七の目撃シーンが追想され、さらに、「男は部屋を出たが、気がつくと、ワイシャツの胸のボタンがない。男は、小道具部屋のところに「帯屋」で使う小道具の針箱のあるのを知っていた」と雅楽の絵解きは続く。

 


第15場の「小道具部屋」。「ボタンをつけかえている手先」がアップで写り、ト書きには「この辺から男の顔、はっきり画面に現れる。吉田である」とある。雅楽の絵解きのセリフがテープで再生されつつ、吉田(久門祐夫)は雅楽の絵解きのとおりに、『帯屋』の小道具の針と糸でワイシャツのボタンをつけかえたあと、小半次の楽屋から盗んできた仏像を袱紗に包んでその場にあった厨子に隠す。と、ここで雅楽の顔が写り、「だから『双面』で半九郎につきつける仏像はこの国宝を使っていたのさ」と、鮮やかな雅楽の名推理に一同感嘆の図。再現映像で犯人が吉田であることが視聴者には示されたものの、画面のなかの人びとはまだ犯人が吉田とは知っていない。浪さんの病状が回復し、口がきけるようになったら、犯人が誰かもわかるのでもう時間の問題だった。「吉田が、他の者より心持、目を伏せている」画面のあとで、雅楽の「しかし、今日のところは、先ずめでたしめでたしだ」と締めて、この場は終わる。

 


そして、ラストの第16場「河岸通り」。

 



どこぞやの河岸通りを通りかかる雅楽(英太郎)と竹野記者(金田龍之介)。竹野が立ち止まり、「高松屋さん、もういいでしょう。教えて下さっても。その白いワイシャツの男、浪さんが空に描く、ワとも門とも読めるあの字と、お稲荷様のような手つきの謎」。

 

と、ここから先は、第10場で、病床の浪さんが必死に訴えようとしていた「手つきの謎」が雅楽により解明される。浪さんがまず親指で「男、旦那」を示したあと、小指で「女、かみさん」を示し、空に縦に一本、横に引いてもう一度縦に引いて、という手つきで系図を示していた、すなわち、「細君の弟」を示すことで、犯人は小半次の細君の弟の吉田だと訴えていたのだと絵解きする雅楽。

「吉田が、姉の小半次のかみさんにたのまれた。阿弥陀さまを一時かくした。女道楽より始末の悪い小半次の骨董気違いに困り果てたあげ句、小半次の一番困るような状態を作り出すために、客先から借りた国宝を短い間でも隠してしまったりすれば、閉口するだろうと考えた……(雅楽に)そういうことですか、高松屋さん?」

という竹野記者の言葉を受けて、雅楽は快心の笑みを浮かべたところで、30分間のテレビドラマ『尊像紛失事件』は幕を閉じる。



楽屋から尊像が盗まれたのは、骨董にのめりこむ歌舞伎俳優・小半次をこらしめるために夫人が悪戯を企んだのが発端で、姉に頼まれた附人の吉田が尊像を持ち出そうとしたところ、男衆の浪さんに見つかり、その際に浪さんが軽い脳溢血で倒れてしまい、もしかしたら命を落としていた危険もあった。ちょっとした悪戯のつもりが大事になってしまって、夫人(ドラマ版では登場せず)と吉田は気が気でなかったというのが事件の真相であった。雅楽の推理は、『帯屋』の小道具の針でワイシャツのボタンを付け替えただとか、『双面』で急に舞台がよくなったのはチャチな小道具が国宝級の仏像にすり替わったからだとか、歌舞伎の小道具が事件の鍵を握っているというのはドラマ化してもいまいち映えないストーリーであったと推察される上に、盗まれた尊像を片づけるのを忘れるというミスが発生し、録り直しのできない生放送であったので、30分のテレビドラマはぶち壊しになってしまった。


視聴者の反応としては、『読売新聞』8月30日付け、ラジオ・テレビ欄の投書コーナー「放送塔」に、

日本テレビ二十六日夜、夜のプリズム「尊像紛失事件」はまったくつまらなかった。犯行の動機、事件の解釈など作者の一人合点で聴視者にはわからないまま終わった。話のテンポは遅く、セリフのつかえなどあり、また発端では盗まれた仏像がちゃんとあって、あわてて出演者がかくす失態もあった。(東京都北区。上野生(四〇)公務員)

という投書があり、原作の綾がドラマでは活かされていなかったことが察知できる。



『尊像紛失事件』は、「宝石」昭和33年7月号に発表の『車引殺人事件』で推理作家としてデビューした戸板康二の第2作であり、「宝石」昭和33年11月号に発表された。江戸川乱歩に勧められて、1作だけのつもりで書いた『車引殺人事件』が好評をもって迎えられて、乱歩の絶妙な後押しもあって、発奮した戸板さんが第2作として世に出した作品だった。この『尊像紛失事件』以降、「宝石」誌上に中村雅楽シリーズがコンスタントに発表されてゆくことになる。そして、昭和35年1月には、《「團十郎切腹事件」その他の業績に対して、第四十二回直木賞を授けられることになる。その他の業績は、「車引殺人事件」から「ノラ失踪事件」までの七篇であるから。これはつまり、その時点で発表されていた〈中村雅楽〉シリーズ全体を対象とした授賞であった》(日下三蔵「創元推理文庫版編者改題」、『中村雅楽探偵全集1 團十郎切腹事件』創元推理文庫・2007年2月28日)。

 

さらに、デビュウ作の『車引殺人事件』については、昭和26年1月発行の「幕間別冊 歌舞伎玉手箱」に「伴大五郎」名義で《推理小説(廿分間の読み物)》として掲載されている『車引殺人事件』という原型が存在している。このことは、「BOOKISH」第6号《特集:戸板康二への招待》(2004年1月23日発行)所載の『戸板康二の歌舞伎と演劇雑誌』のなかで児玉竜一氏により初めて指摘されたのであった。ミステリファンはさぞかし大興奮であったことだろう。その後、創元推理文庫の「中村雅楽探偵全集」全5巻の完結後に発行の小冊子「中村雅楽探偵全集付録」(2008年10月10日)に再録されたのは僥倖だった。もちろん、芝居の世界ならではの内輪的あるいは戯作的なムードが濃厚にたちこめる「幕間別冊」とそれまでほとんど畑違いだったミステリ専門誌の「宝石」とでは執筆に対する心構えはまったく違うだろうけれど、第1作の『車引殺人事件』はすでに持っていたプロットを再利用した作品ではあった。

 

という次第で、第2作の『尊像紛失事件』は、継続的に「中村雅楽シリーズ」を書き続けていくことになったという点でスタートを飾った作品である。推理作家としての手探りな不器用かつ几帳面な筆致がわたしにはとても味わい深く、また微笑ましく感じる。創元推理文庫の『中村雅楽探偵全集1 團十郎切腹事件』を評した坪内祐三氏の「文庫本を狙え!」第478回(週刊文春・2007年3月22日号)に、

発表順に並べられているこの文庫本を通読して行くと第五作、『宝石』一九五九年七月号に載った「松王丸変死事件」から筆がどんどん伸びやかに(というかそれまでやや説明的だった文章が明らかに小説的に)なって行くのがわかって興味深い(それから中村雅楽ものではない「ノラ失踪事件」のブッキッシュな感じが私はとても好きだ)。

とある。第2作の『尊像紛失事件』は、事件の発端に極端な悪意があったわけではなくちょっとしたいたずら心のようなものが原因であったこと、日常のなかから小さなヒントをたぐりよせてゆくきめ細かい筆致、歌舞伎の作品や小道具が解決の手がかりになる点、雅楽や劇場、芝居を描くことで東京エッセイ的な読み心地もたのしめる点、などなど、その後、どんどんこなれてゆく「中村雅楽リーズ」のおなじみの要素がたっぷり詰まっている。「殺人事件」ではないという点でも、こちらの方が実質的には「中村雅楽シリーズ」の原点と言ってもよいかもしれない。そんな戸板康二の地味でありつつも滋味あふれる中村雅楽シリーズがドラマ化に向く素材ではないのは明らかなのだった。

 


さて、ドラマでは吉田が犯人として吊し上げられることはなく、雅楽が竹野さんに絵解きするところで終っているが、原作では吉田が殊勝に名乗り出るところまで続く。その名乗り出るきっかけというのが、なんとも大がかり。竹野記者の勤める新聞社の事業により歌舞伎の舞台が映画に収められることになり、雅楽の主張で演目は『盛綱陣屋』に決まり、白いワイシャツを着た吉田を目撃していた「型ものの名人」の藤川与七が盛綱に扮し、微妙は雅楽が引き受けることになる、そして、客席にすわるエキストラの割り振りも雅楽の采配で、《西(花道側)の桟敷の五には、舞台に関係のない小半次が、細君と並ぶのが御愛嬌で、その桟敷の十、すなわち一番舞台から遠い所には、小半次の附人の吉田だの、雅楽の男衆など、楽屋の頭取などが送り込まれた》。そして、《十月二十七日夜九時ジャストに、カメラがまわりはじめ、定式幕が上手に引かれてゆくところから、同時録音で、フィルムに収められて行った》。

 



イメージ画像として、十五代目羽左衛門の盛綱を上手側後方からとらえた舞台写真。『新演藝』大正6年6月1日発行号・口絵より。横浜座五月狂言『近江源氏先陣館』(吾妻市之丞の早瀬・尾上松助の微妙・市村竹松の小四郎・市村羽左衛門の佐々木盛綱)。《盛綱はやむを得ず、首桶を開いて、「弟の首」に対面する。すると、にせ首である。》の場面。この花道側の桟敷の「舞台から一番遠い所」に『尊像紛失事件』の犯人の吉田が座っていると思っていただきたい。

……この瞬間、障子屋台から飛び出した小四郎が「父上」と叫んで、やにわに腹に刀をつき立てる。
 ハテなと思った彼は、高綱父子の計略を理解した。小四郎は幼い命をすてて、その首を本物の首というふうに思わせたのである。ここで、切り首(小道具)に向って、盛綱が複雑な表情を見せる。初めは小四郎切腹の動機に対する疑問、やがて弟の計略を察知、同時に小四郎への憐憫、そして最後に小四郎のために、この首を「にせ首ではない」と答えてやろうと決心し、万一の際は自分が腹を切ればいいと覚悟するのであるが、この五段階の顔が、与七はじつにうまい。

ちなみに、「作品ノート」に《この小説の中で、「盛綱陣屋」が映画に撮影される。じつは初代吉右衛門のこの演目をフィルムにおさめる時、文化財保護委員会に委嘱されて、台本を作ったので、その経験が役に立った。》というふうに戸板さん自身が書いているとおり、昭和28年11月14日に撮影された吉右衛門の記録映画『盛綱陣屋』に携わった経験が反映されているのがたいへん興味深い。

 

 


小宮豊隆・戸板康二監修『岩波写真文庫 59 歌舞伎』(昭和27年3月25日第1刷発行)より、初代吉右衛門の盛綱の首実検のコマ送り写真。首実検の表情の推移について、戸板さんがこれらの写真に添えた解説をそのまま書き写すと、《気の進まぬことながら》、《首桶の蓋をとって疵押し拭い》、《その死顔をじっと見る》のあとの、上掲の2枚は《よく見ると違う首である》、《はてどういう訳だろうと考え……》の吉右衛門の顔面。

 



そして、この3枚は《高綱の計略を想像する》、《なるほどと思い当る。次に小四郎が父にいいきかせたとおり命をすててまでこの首を「父の首」と確認して貰おうとしているのを知り》、《暗然としながらもしながらもその切ない心持ちをさっし》までの表情、このあと、盛綱は甥のために「佐々木高綱の首に相違ない」と言い(ここでは小四郎に向かって言う)、「相違御座なく候」と首をささげて時政に見せる。

 


というふうに、『尊像紛失事件』の終盤、藤川与七の盛綱が記録映画に写され、《花道の方向を見て、アッと口を大きくあける所がある。カメラのそばで見ていた私が、いきをのむほど、見事な顔であった。それは錦絵にありそうなマスクだったのである》。そして、1時間40分に及ぶ撮影が無事に終了し、楽屋へゆくと、小半次の楽屋で附人の吉田がうなだれて、犯行を自白しているのだった。尊像が発見されて以来、なかなか言い出せなかったのが、吉田の言うには、《首実検のところで、与七さんが、ちょうど私の方を見ると、あッここにワイシャツの男がいたという顔をなさったので、とうとう判ったかと思い、芝居がすむと、すぐここへ来て、すべてをお話ししたんです。》とのことだった。上掲の写真、高綱の計略を察し、なるほどと思い当たるところの表情がその視線の延長線上の桟敷席に座っていた吉田に告白を決意せしめるほどに真に迫っていたのだった。そういえば、記録映画の演目が盛綱になったのも、吉田を花道近くの桟敷の後方に座らせたのも、すべて雅楽の采配だった。なんとか吉田に自分から告白してもらうきっかけをという雅楽の作戦が功を奏し、めでたしめでたし。さらに、終わりの一節がなかなか洒落ていて、擱筆したときの戸板さんの会心の微笑が目に浮かぶようだ。

 

『双面』で国宝級の仏像が使用されると一気に芸がよくなったり、『盛綱』で型物の名人による古風な顔面で睨まれるとすぐさま告白したりと、ずいぶんのどかだなあととは思うものの、そんな牧歌的なところも中村雅楽シリーズの愛すべき持ち味。第2作の『尊像紛失事件』で使った舞台から客席を見るというモチーフは、その後、『ラッキー・シート』(「宝石」昭和36年3月号)で大々的に取り上げられるし、舞台からそれとなく諭すという趣向もシリーズで度々登場していたかと思う。