旧正月の津和野。森鴎外記念館のコレクション展《森家三兄弟―鴎外と二人の弟》メモ。

今年2017年の旧正月は津和野へ出かけた。新山口駅(小郡)から乗ったディーゼルカーのJR山口線に和みつつ、津和野へと向かったのだったが、山口県立美術館に出かけるべく山口駅で途中下車したひとときが案外にもなかなかよかったのが、ほのかによい思い出。…

岩佐東一郎主宰の「交書会」と戸板康二にまつわるあれこれ

戸板康二生誕百年の2015年は、十代目坂東三津五郎(2月21日)、加藤武(7月31日)、原節子(9月5日)、熊倉一雄(10月12日)らが亡くなった年となった。阪神大震災から二十年。2015年が二十三回忌の戸板康二は神戸の震災を知らずに他界したのだなあと思…

『演劇界』の「家で楽しむ歌舞伎 この一冊」執筆者&書名リスト(2007年9月号~2015年12月号)

『演劇界』が2007年5月号をもっていったん休刊し、新装復刊第1号の2007年9月号(第65巻第6号)から「私のこの一冊」と銘打った読み物がはじまった。これは、「家でたのしむ歌舞伎」という見開きページの右側に書籍の紹介、左側に「テレビ・ラジオ放送ガ…

『日本古書通信』の戸板康二と串田孫一。2015年は戸板さんと串田さんと七代目尾上梅幸の生誕100年。

八木福次郎さんの「愛書家・思い出写真帖」と題された連載が『日本古書通信』2005年1月号(第906号)からはじまってからというもの、毎月とてもたのしみにしていたものだった。あの頃の日々が懐かしい。今からちょうど十年前になる。第1回は津田青楓、《原…

大正12年5月、戸板康二の震災前の遠い記憶の新富座。戸板康二と六代目菊五郎の歳月。

大正12年5月に上海から帰国した戸板康二がのちに、記憶に残っているもっとも古い芝居見物して回想しているのが、同年同月の新富座興行。「演劇界」昭和54年1月号(第37巻第1号)に掲載の芝木好子との「春宵歌舞伎対談」では、以下のように語っている。 ぼ…

大正12年5月、小学2年生の戸板康二、上海から帰国して、のちの七代目梅幸と同級生となる。

大正12年5月20日付け「讀賣新聞」の「よみうり婦人欄 日曜クラブ 子供のページ」に、《子供に似ぬ進んだ頭の即興詩人 戸板さんのお孫さん 数日前 上海から憧れの日本へ》なる記事が載っている。 この時期の「讀賣新聞」の婦人欄では、戸板裁縫女学校の戸板…

演博の AV ブースへ戸板康二の音声資料を聴きにゆくの記。

早稲田大学演劇博物館の AV ブースへ戸板康二の音声資料を聴きに行かねばと思い続けて、幾年月、AVブースは月曜日から金曜日のみ利用可能、たまの平日休日の際は他の用事でなかなか時間がとれず、出かける機会が巡ってこないままに次第に忘れていって、幾年…

戸板康二作・中村雅楽シリーズ初のテレビドラマ化、昭和34年8月放送『尊像紛失事件』のこと(第4回)。

以下、昭和34年8月26日午後10時から30分間放映の「夜のプリズム」シリーズでテレビドラマ化された、戸板康二作の『尊像紛失事件』のメモ、第1回、第2回、第3回に続く、第4回メモ。やっと最終回。 □ 手元にある台本とリハーサル時に撮影されたと思われる…

戸板康二作・中村雅楽シリーズ初のテレビドラマ化、昭和34年8月放送『尊像紛失事件』のこと(第3回)。

以下は、昭和34年8月26日午後10時から30分間放映の「夜のプリズム」シリーズでテレビドラマ化された、戸板康二作の『尊像紛失事件』のメモ、第1回、第2回の続き。 不覚にもずいぶんひさしぶりの更新となってしまった上に、前回に記載の配役に誤記があった…

戸板康二作・中村雅楽シリーズ初のテレビドラマ化、昭和34年8月放送『尊像紛失事件』のこと(第2回)。

第1回の続き。ここから先は、昭和34年8月26日(水曜日)午後10時から10時半まで日本テレビで放送された戸板康二作『夜のプリズム 第三十二話 尊像紛失事件』について。リハーサル時に撮影されたと思われる計8枚のスチール写真とともに、台本と原作を交え…

戸板康二作・中村雅楽シリーズ初のテレビドラマ化、昭和34年8月放送『尊像紛失事件』のこと(第1回)。

江戸川乱歩の推輓により、戸板康二は「宝石」昭和33年7月号に、自身の「初」の推理小説である『車引殺人事件』を発表した。乱歩の絶妙な後押しもあり、『車引殺人事件』のあとも老優・中村雅楽を主人公とするシリーズを断続的に書き続けることになり、それ…

戸板康二と宝塚歌劇:『ベルサイユのばら』とステファン人形(後篇)+大河内豪とアキコ・カンダ

以下、5月14日付けの「『ベルサイユのばら』とステファン人形(前篇)」の続き、というか余滴メモ。 『ベルサイユのばら』はまず宝塚大劇場で昭和49年8月29日から9月26日まで上演、戸板康二は、昭和49年9月某日に宝塚大劇場でさっそくこれを観劇し、5年…

『演劇界』の「家で楽しむ歌舞伎 私のこの一冊」執筆者&登場本リスト(2007年9月号~2013年8月号)

『演劇界』の「家で楽しむ歌舞伎 私のこの一冊」のページを毎月とてもたのしみにしている。「家で楽しむ歌舞伎」は月ごとに異なる書き手が歌舞伎にまつわる愛読書や推薦書を1冊紹介するコーナーで、新装復刊第1号の2007年9月号から最新号の2013年8月号ま…

戸板康二と宝塚歌劇:『ベルサイユのばら』とステファン人形(前篇)

初めて宝塚を見たのは2006年3月、東京宝塚劇場における星組公演『ベルサイユのばら フェルゼンとマリー・アントワネット編』だった。戸板康二ファンであるからには一度は宝塚を見ておかなくてはと数年来ぼんやり思っていたのと、2005年夏に初めてじっくりと…

宝塚大劇場で『Amour de 99!!―99年の愛―』を見て、戸板康二の見た昭和のタカラヅカに思いを馳せる。

先月中旬、2泊3日の関西遊覧に出かけた。その初日の3月15日金曜日はひさびさに休暇をとって、宝塚大劇場午後3時開演の宙組公演を観劇することができて、こんなに嬉しいことはなかった。宝塚大劇場での観劇は去年5月以来2度目だけれども、前回は新大阪…

戸板康二が露伴全集の月報に寄せた内田誠の回想のこと。

古書展で数百円で見かけるとなんとなく買ってしまうもののひとつに、岩波の『露伴全集』の端本がある。ちっとも読みこなせていないのに、たまに買うたびにいつも拾い読みをそこそこたのしんでいるのだったが、さて先日、ずいぶんひさびさにふらっと露伴全集…

鶴見の総持寺で戸板康二夫妻のお墓参りをしたあと、京急と東急に乗って、洗足へ。

戸板康二の夫人の当世子さんが今年6月末に亡くなられたことを、さる方から教えれらたのは8月中旬だった。 5月上旬に洗足の戸板康二邸が取り壊されたことを知り、同月下旬に更地になった地所を確認にゆき、6月10日に後日の記録のために再訪、6月14日付け…

演博の《不滅の俳優 池部良の世界展》を見て、『スヰート』の池部鈞と戸板康二の歳月をおもう。

演博の長い夏休みが終わると、名実ともに秋だなアと毎年思う。と、手帖に大きく「演博」とメモしていた9月22日土曜日、わーいわーいと演博に出かけて、図書室にて懸案の資料の閲覧を済ませたあと、前日にはじまったばかりの《不滅の俳優 池部良の世界展》を…

戸板康二と歩く東京:千駄ヶ谷、代々木山谷から明治神宮へ(後篇)

代々木駅東口、小田急の旧本社ビル、五代目歌右衛門の邸宅の跡地を経て、藤倉電線の千駄ヶ谷工場の碑の前に立ち、戸板康二の父・山口三郎が入社した大正初年代の藤倉電線とその同時代の五代目歌右衛門に思いを馳せて胸を熱くしたところで「千駄ヶ谷」をあと…

戸板康二と歩く東京:千駄ヶ谷、代々木山谷から明治神宮へ(前篇)

2011年6月26日付けの『戸板康二ノート』にて、「戸板康二が幼年時代を過ごした渋谷メモ。代々木山谷と渋谷永住町。」と題して、戸板康二の渋谷時代に思いを馳せたことがあった。戸板康二の代々木山谷時代は、『回想の戦中戦後』の「うまれた町」に、 生まれ…

武蔵野美術大学美術館で『編集装丁家 田村義也の仕事』を入手して、戸板康二と田村義也と久保栄をおもう。

6月最初の土曜日の夕刻、演博の廊下で入手したチラシで、武蔵野美術大学の美術館で《大辻清司フォトアーカイブ 写真家と同時代芸術の軌跡 1940-1980》(会期:5月14日~6月23日)が開催中と知ってムズムズだった……という次第で、雨降りしきる次の土曜日に…

2012年5月に戸板康二の旧宅が取り壊されたのを確認する。戸板邸の白木蓮の花のこと。

先月にふいに、Twitter で戸板康二の旧宅の取り壊しが始まったことを知った。近所に住む方による情報であった。いつかこの日が来るとは思っていたけれども、とうとう戸板康二の家がこの世からなくなってしまったのかと胸にぽっかり大きな穴だった。初めて戸…

続・藤木秀吉と演劇博物館と戸板康二。

戸板康二が編集した藤木秀吉の遺稿集『武蔵屋本考 その他』は、一周忌の昭和15年4月28日に刊行され、藤木秀吉が蒐集にのめりこんでいた遺愛の「武蔵屋本」とともに、演博に寄贈された。 藤木秀吉著・戸板康二編『武蔵屋本考 その他』(非売品、昭和15年4月…

『書物展望』昭和16年7月号の河竹繁俊「藤木秀吉氏のこと」のこと。藤木秀吉と演劇博物館と戸板康二。

「日本の古本屋」にアクセスするたびにいつもなんとなく検索したりしなかったりする固有名詞がいくつかあって、そのなかのひとつに「藤木秀吉」がある。そして、不覚にも今まで知らなかった文献に遭遇したときはびっくりするあまりに、号数をメモして後日に…

矢野誠一さんの新刊エッセイ集『昭和の東京 記憶のかげから』を繰って、東横ホールと戸板康二をおもう。

先日、ふらりと立ち寄った教文館で、矢野誠一さんの新刊を発見して、ワオ! と手に取って目次に目を通すと、近年にいろいろな媒体に寄稿したエッセイ、追悼文等を編んで一冊の本になったもので、事前に刊行をまったく知らなかったので、思わぬタイミングで贈…

戸板康二の明治製菓宣伝部時代:『チョコレートと兵隊』にまつわるメモ。

先日、神保町シアターの高峰秀子特集で、長年の懸案だった『チョコレートと兵隊』を見ることができた。とにかくも、やっと実見できた喜びが第一。その記念に、以下、『チョコレートと兵隊』の覚書とともに、戸板康二の明治製菓宣伝部時代にちょいと思いを馳…

戸板康二と新劇史の人びと:戸板康二と滝沢修の歳月に思いを馳せる・その2

子どもの頃からの芝居好きだった戸板青年が新劇に出会うのは、昭和7年、慶應義塾予科に入学以降のこと。戸板青年の心をまっさきに揺さぶったのは飛行館の築地座の田村秋子だったようであるが、昭和9年に新協劇団が旗揚げされると滝沢の演技に心酔するよう…

戸板康二と新劇史の人びと:戸板康二と滝沢修の歳月に思いを馳せる・その1

去年9月、ハヤカワ演劇文庫で岸田國士作品集の第1集が出ているのを本屋で発見したときはとても嬉しくて、ガバッと買ってホクホクと1篇ずつじっくりよみふけった。前からそこはかとなく気になっていたハヤカワ演劇文庫を読んだのはそのときが初めて。手に…

『四季の味』昭和58年春号の戸板康二の巻頭随筆。杉浦幸雄の『おいしいネ』と戸板康二の歳月。

お正月の記憶が薄れかけてくるころになると、毎年ふいに、野菜売場で菜の花を見かけるようになる。野菜売場で菜の花が初めて視界に入ったときの毎年の歓喜! 毎年2月は毎日のように菜の花を食べている。まだまだ寒いのに春が近づいてきて、強風吹き荒れたり…

戸板康二の『丸本歌舞伎』にまつわるメモ:講談社文芸文庫になった『丸本歌舞伎』

先月講談社文芸文庫の新刊として、戸板康二の『丸本歌舞伎』が刊行された。2008年5月に犬丸治さんの編集で『思い出す顔 戸板康二メモワール選』が出て3年過ぎたところで、まさかの2冊目の戸板康二! と歓喜。水上瀧太郎、久保田万太郎、奥野信太郎、池田…

いろいろな中村雅楽:『車引殺人事件』の尾上鯉三郎の場合(後篇)

昭和35年4月の新宿第一劇場の『車引殺人事件』上演に際して、筋書には、劇評を書かなければならないのが目下の頭痛の種だ、と書いていた戸板康二であったが、結局はこの興行の劇評は辞退して、他の人に書いてもらったという。と、東京新聞は現時点では未確…

いろいろな中村雅楽:『車引殺人事件』の尾上鯉三郎の場合(前篇)

老優・中村雅楽を探偵役にすえた戸板康二の推理小説の第一作『車引殺人事件』が江戸川乱歩の推挙で、雑誌『宝石』昭和33年7月号に掲載され、好評をもって迎えられ、乱歩の絶妙な後押しもあって、以降とんとん拍子に新作が『宝石』に掲載されてゆき、34年5…

小池朝雄の一周忌本『断想』のこと。戸板康二を通して、新劇人・小池朝雄に思いを馳せる。

シネマヴェーラの中島貞夫特集で初めて見た『現代やくざ 血桜三兄弟』(昭和46年11月封切・東映)がとっても面白かった! 思わず2回見に行ってしまった! 前々からかっこいいとは思っていたけれども、それにしても小池朝雄のなんとかっこいいこと! 実にい…

戸板康二の三田文科の友人・安田晃と昭和11年の「尾上菊五郎」にまつわるメモ。

『四季の味』第26号(昭和54年7月発行)の「随筆集 日日これ好日」のページに掲載の、戸板康二の「食物との出会い」(『目の前の彼女』所収)に以下の一節がある。 慶応の予科の時、のちに朝日に入社してビルマで戦死した安田晃という独文志望の学生と親し…

昭和54年夏の季刊『四季の味』を入手して、戸板康二の食味エッセイに思いを馳せる。

先週は一週間夏休みだった。そんな灼熱の日々の折も折、戸板康二のエッセイが掲載されている『四季の味』第26号(昭和54年7月7日発行)を入手して、大喜びだった。32年前の夏の『四季の味』の表紙はまっかなお皿に乗ったスイカ! 季刊『四季の味』第26号・…

洗足駅前でワインを飲んで、駅前のポストと谷口理容室に思いを馳せる。

土曜日、日没後にひさしぶりに東急目黒線に乗って洗足駅で下車。明日はいよいよ夏休み最終日、せめてもの気晴らしにワインを飲んでゆくことにする。戸板さん自身が、「品川区と私」(初出:『東京人』1992年11月号→『六段の子守唄』所収)という最晩年の文章…

続・早稲田大学演劇博物館の《初代中村吉右衛門展》にまつわるメモ。

小宮豊隆が『中村吉右衛門論』を書いた明治44年夏のちょうど百年後の2011年の夏、早稲田大学演劇博物館にて《初代中村吉右衛門展》が開催される! と一人で興奮しているうちに、あっという間に展覧会初日がやって来て、その素晴らしさは想像していたはずなの…

昭和28年11月の歌舞伎座で撮影の記録映画、吉右衛門の『盛綱陣屋』を見られずの記。

早稲田大学演劇博物館で開催の《初代中村吉右衛門展》に関連して、「初代中村吉右衛門映画祭2」として、去る8月2日に昭和28年11月撮影の『盛綱陣屋』が上映された。戸板康二が製作に関わっている吉右衛門の記録映画『盛綱陣屋』はわたしの長年の念願だっ…

震災前の月刊グラフ誌『劇』と『光村利藻伝』。光村印刷と明治製菓宣伝部員・戸板康二。

演博で開催中の《初代中村吉右衛門展》で展示されているのを見て気になった、大正11年12月に創刊された東京俳優組合事務所発行の『月刊 劇』が1冊数百円で売っていたので、図録の刊行がなさそうだし、このたびの吉右衛門展のよき記念になるかもしれぬと、軽…

『新派名優 喜多村緑郎日記』全3巻(八木書店刊)を読んで、老優中村雅楽をおもう。

昭和5年から昭和12年にかけての全日記を収録している『新派名優 喜多村緑郎日記』全3巻が、去年から今年にかけて八木書店より刊行された。これはなにがなんでも書架に収めねばならぬとすぐさま思ったものの、高価な定価ゆえ買うタイミングを逸してしまって…

早稲田大学演劇博物館で《初代中村吉右衛門展》を見る。

開催を知ったときから待ち遠しくてたまらなかった演博の初代吉右衛門展は、今月7月2日を初日に、現在絶賛開催中(会期は来月8月7日まで)。ソワソワと毎週見物に出かけて、この三連休で三回目の見物をしたところ。その素晴らしさは十分予想していたはず…

戸板康二と三島由紀夫:昭和45年の「ゴーゴー」と昭和22年7月東京劇場の梅玉の玉手御前

昭和40年4月から昭和46年12月にかけて全350話放送されていた TBS の『ザ・ガードマン』というテレビドラマがあんまりバカバカしく、ここまでバカバカしいとかえって感動的ですらあると、ついたまに CS の放送を録画して見てしまい、そのたびに脱力すること…

小林正樹『燃える秋』を見て、三越の岡田茂と戸板康二の三田時代をおもう。

先月、銀座シネパトスの小林正樹特集で『燃える秋』(昭和53年12月封切)を見た。二本立て上映で、翫右衛門主演の『いのち・ぼうにふろう』(昭和46年9月封切)の方が目当てだったのだけど、なんの予備知識もなく見ることになった『燃える秋』は戸板康二を…

早稲田大学演劇博物館の《初代中村吉右衛門展》の開催を記念して、戸板康二と小宮豊隆の交流メモ。

いよいよ、来る7月2日(土曜日)から早稲田大学演劇博物館で《初代中村吉右衛門展》が開催される(http://www.waseda.jp/enpaku/special/2011kichiemon01.html)。会期は8月7日(日曜日)まで。約1カ月間、何度も見物に足を運ぶのは必至だーと、まだ始…

戸板康二が幼年時代を過ごした渋谷メモ。代々木山谷と渋谷永住町。

宮脇俊三著『昭和八年 澁谷驛』(PHP研究所、1995年12月)を繰っていたら、「昭和初期の時代」と題された自伝的文章の以下のくだりに、さっそく「おっ」だった。 昭和七年の四月から幼稚園に行くことになった。 その幼稚園は、私の家から五分ほど歩いた坂の…

民芸のオニールを見に砂防会館に向かう途中、戸板康二は渋谷駅前で古川ロッパに遭遇する。

戸板康二が古川緑波と親しくなったのは、渋谷駅前の酒場「とん平」で知り合ったのがきっかけだった。戸板さんは「とん平」を舞台にしたたのしい話をたくさん書き残しているけれども、さてさて、『あの人この人』所収の「古川緑波の冗句」にこんなくだりがあ…

福原麟太郎による、戸板康二『忠臣蔵』紹介メモ

先月は、岩波文庫の新刊、サミュエル・ジョンソン/朱牟田夏雄訳『幸福の探求 アビシニアの王子ラセラスの物語』を機に、長年の懸案だった、福原麟太郎著『ヂョンソン』新英米文学評伝叢書(研究社、1972年)を精読する運びとなって、嬉しいことであった。勢…

品川から京浜急行で旧東海道。第14回みつわ会公演「久保田万太郎作品 その二十一」を見る。

夕刻、大急ぎで外に出て、JRの有楽町駅へ突進。品川駅で京浜急行の各駅停車に乗り換えて、二駅目の新馬場で下車。毎年3月の恒例行事、みつわ会の「久保田万太郎作品」公演の、今日は初日なのだった。品川駅から乗る京浜急行の各駅停車のひなびた風情が大…

5年ぶりに戸板康二のお墓参り。鶴見線に乗ったあと、総持寺へ。

正午過ぎ、秋葉原で乗り換えて、京浜東北線に揺られてトロトロと、鶴見へ向かう。 電車が蒲田駅を出て多摩川を渡り終えたところに、かつて明治製菓の川崎工場があった。現在は「ソリッド・スクエア」という名のビルになっている。去年の明治節の休日、11月に…

日生劇場で音羽屋の『摂州合邦辻』を見る。

上演を知ったときから心待ちにしていた「日生劇場十二月大歌舞伎」。村野藤吾の建築が目にたのしい日生劇場はたまにしか観劇の機会がめぐってこないので、建築見物という点だけでも貴重だし、それになによりも、合邦の通しを見ることができるというのが嬉し…